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2016年12月27日Column今週の余談

技術は学校で学ぶのが今流、師匠に弟子入りして長期修行なんて古い?

今年ももう後わずか。歳のせいか、一年というのはアッという間に過ぎ去るものですね。私自身は、結局のところ何も出来なかった(しなかったというべきか)一年でした。ただ、悪いことは何も起きなかったことは幸いです(何もしなかったのだから何も起こらないのが当たり前なんですが・・・)。

さて、今日の話題。もう一年も前になろうかというネタなのですが、ネットにこんな記事がありました。

ホリエモンこと堀江貴文さんが、寿司職人の修行の長さについて、
「今時、イケてる寿司屋はそんな悠長な修行しねーよ。センスの方が大事」
「そんな事覚えんのに何年もかかる奴が馬鹿」

といったような発言をネットで発信していました。

上記の発言に関する記事はコチラ

寿司の握り職人として一人前になるには、昔から「飯炊き3年、握り8年」と云われいているそうです。一人前になるのに11年の歳月。確かに今の時代にあっては長い気もします。それで最近は、なにやら寿司の専門学校が人気だとか。

「3ヵ月で江戸前寿司の職人になる」を看板に掲げた専門学校もあるようです。
マスコミにも取り上げられているのか、結構な人気なんだとか。

堀江貴文さんの云う論点は、
(1)長期間(10年余)の修行は無駄 → 時間の浪費
(2)寿司の旨さは、センスに大きく依存する → 努力の浪費
以上の2点に集約されるかと思います。

これについては、ネット上でもさまざまな意見が飛び交っていたようで、実際に長年修行した方からは、堀江貴文さんの意見に反対を。一般のビジネスマンや学生さんなどは、概ね賛成。といったところでしょうか。

私自身はというと、お寿司をいただくお客の立場としては、どちらでもよく、要は美味しいお寿司を手頃なお値段で食べられて、その上で気分良く接客していただけるお店であればいいわけで。まあ、要はそのお寿司屋さんの心持ちと技術が良ければ、本来、そのプロセスは気にしないです。

ただ、気になることがひとつ。
わずか3ヶ月の授業を経てお店を開店したとして、その後何年くらいお店を続けられるのだろう?

どうしても経営者的な視点で、ものごとを見る癖があるようです。私には・・・まあ、世の中にはいろんな職人の世界がありますし、その世界ごとに事情は違うのでしょう。

ただ、お寿司の修行については、昔こんな話を聞いたことがありました。私が20歳前後の頃です。大阪北新地のお寿司屋さんでお茶出しのアルバイトをしていたのですが、そこの大将に「坊主、どやっ、寿司職人になる気はあるか?もし、あるんやったらワシが教えたるで」と言われ、続けて「寿司の握り方はな、そんなものお前でも半年もあれば、それなりに握れるようになる。毎日、握り続けたらな」と言っていました。続けて、「けどな、それやのに何で何年も修行するか知ってるか? それはな、商売を覚えるためや」とのこと。「お客さんに寿司やお茶を出すタイミングとか、いらっしゃい!の声がけのタイミング。顔色をみて塩加減やらなんやらと瞬時に判断して、その日の体調に合わせた料理を出す。これは理屈では覚えられへんねん」「それにな、商売ちゅうのは良い時もあるけど、実際は苦しい時の方が圧倒的に多いんや。そんときにな、スグにケツを割らんように修行するんや」というようなことを聞いたことを思いまします。

これはあくまでも私の私見ですが、お寿司屋さんの世界もご多分にもれず供給過多の業界だと思います。ですので、学校で手早く覚えて独立しても、長年の修行の後に独立したとしても、どちらも商売を軌道にのせて続けていくのは至難だと思うのです。もちろん、センスは無いよりあった方が良いに決まっています。でも、だからといって長く続けられるとは思えません。要は、一生の仕事として寿司の商売を続ける覚悟があるか無いか、大事なことはそこだと思います。

何れにしても、お金を出して学校で手早く学ぶことと、多少なりともお金をいただきながら修行を積むのと。自分がコレだ!と思う道を、自分の意思と覚悟を持って選ぶ。これがとっても大切なんだと思います。

私が所属する広告デザイン業界では、昔から美術・芸術系の大学か専門学校出の人が圧倒的に多数を占めています。その中で私は、数少ないズブの素人で業界に入りました。ですので、デザインやコピーライティング、プランニングの技術は働きながら先輩(師匠)の技術を盗みながら学びました。30歳で独立してすでに27年が経ち、今でも時折、自分でデザインを手がけることがあります。デザインの世界は、40歳を過ぎる頃には、ほとんどのデザイナーがスポイルされます。正直、50歳を超えて現役バリバリのデザイナーというのは非常に少なく。極めて厳しい世界です。

そんな業界にもかかわらず、独立してデザイナーを使う立場になり、また、学校を出たてのデザイナーを教える立場になり、自らも時折デザインを手がけられているのは、実際に働きながら生きた修行ができたからだと、今は思っています。それはデザインの修行ではなく、むしろ、それ以外のもろもろの障害に耐えて、そして乗り越える。という修行が出来たことだと。

苦労は買ってでもしろ!と昔から言いますが、苦労というのは、好むと好まざるとにかかわらず、長い人生では、遅かれ早かれ誰もが経験するものだと思います。問題は、苦労そのものではなく、その苦労をいかに乗り越えるか。そこだと思います。

あのとき寿司職人になっていたら、私は今頃どうなっているのだろう。ちゃんと独立してお店を開いているのだろうか。それとも、どこかの大店の板場に立っているのだろうか。料理のセンスがない私のことだから途中であきらめて別の職についているかも。

 

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