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2017年1月3日Column今週の余談

きもの業界の衰退は、守るべきことと変えるべきことをはき違えているからだ。

私は仕事がら、さまざまなモノづくり(製造業)から依頼を受けます。昨年もご多分にもれず多くの業界にたずさわりました。その中で印象に残る業界に、きもの業界がありました。

依頼を受けたのは、WEBサイトの制作です。私は、たとえWEBサイトの制作を請け負うだけの仕事であっても、依頼主の所属する業界の歴史や近年の動向、ユーザー動向、競合関係にある企業など、出来うる限りの情報を収集するように心がけています。ただ、きもの業界の仕事については、今から10年ほど前にもたずさわった経験がありましたので、歴史はさておき、最近の動向のみを調べました。そして、その結果に驚愕しました。

きもの業界は今、最悪の状況にある。というのが正直な印象です。1993年のきもの市場は、1兆2,000億円の規模があったのですが、10年前の2005年には半分の6,000億円に、そして2011年には、そのまた半分の3,000億円にまで減少。その後は3,000億円前後でほぼ横ばいという状況です。

きもの業界が衰退傾向にあることは、誰でも容易に察しがつきます。別段に不思議ではないとお思いでしょう。しかし、あまりにも急激な衰退には驚き以外にありあません。

実は、2005年前後にも、きもの企業からの依頼を引き受けた経験があり、きもの業界を詳しく調べて私なりの興味もありました。そのときに取材した社長さんは、市場規模は落ちるところまで落ちた。今後も上向くことは難しいだろうが、今、当社も含めて業界をあげた様々な取組をしている。おそらく5,000億円を下限に横ばいが続くだろうと仰っていた記憶があります。

それが今、横ばいどころか半減している。この原因は何だろうと思い、あらためて詳細な調査を試みました。そこで分かったことを報告します。この問題は、きもの業界に限らず、いわゆる日本の伝統産業、あるいはかつての主力産業といわれた業界の問題と共通するものだと思います。

きもの業界の衰退の原因については、業界機関、大学、シンクタンクなど様々な方々が発表しています。その第1の要因は、消費者のきもの離れです。かつては冠婚葬祭には、多くの女性がきものを装うものでした。しかし、それも今は昔、今では成人式での和装も少なくなりましたし、結婚式でも洋装が多数派です。お葬式にいたっては、ほぼ100%近くが洋装のようです。

そういうこともあり、きもの業界では、和装の機会を増やそうと様々なイベント・催事を企画しています。大きな例としては、京都の観光客に対してきもの姿で観光をするとお店や旅館、観光スポットで割引などのさまざまな特典をつけている企画がります。もちろん、きものは格安でレンタルできます。

このようにして、消費者のきもの離れを食い止め、若い人たちには、きものの良さをアピールしようと試みられてます。また、有名タレントのプロデュースによってデザイン化されたモダンなきものも売られるようになりました。その他、さまざまな業界とのコラボを企画したり。とにかく消費者へのきもの離れを食い止める活動が活発です。

しかし、これらの活動をしたとしても、きもの離れを食い止めることは不可能だ。と私は思っています。そもそも、きものが着られなくなった根本の原因は、消費者側にあるのではなく、業界の旧態依然とした流通にあると思うからです。

前置きが長くなりました。すみません。ここから正味の本題に入ります。

きもの業界の元凶は、卸問屋(商社)にあると、私は思っています。きものといえば、とにかく高い。高級な服というのが一般の認識です。ちょっとした装いでも数十万円はくだらない。ちょっと上質なものをと思えば、軽く100万円を超える出費です。それこそ、シャネルもサンローランもびっくりの高額品です。一般の消費者は、きもの店の主人はさぞ儲かっているんだろうと思っているかもしれません。

しかし、その高級なきものを実際につくっている人。つまりきものづくりの職人さんの報酬は、驚くほどの安いのです。私が実際に調べた京丹後の織りの下請けは、1日中、1台の織機を動かしても1万円にも満たない工賃だそうです。この道、数十年の60過ぎの職人さんが、朝から夜中まで働いて経費を差し引くと数千円の収入にしかならないのです。

では、それを依頼している卸問屋はというと、低コストでつくったきものを、タレントを使った催事販売を通じて、高額販売しています。もちろん、年ごとにデザインを変え、季節ごとに多少のアレンジを施して消費者の目先を変えて販売しています。

一方、さすがに夏に着る浴衣などは、若者向けに低価格品をつくっています。しかし、それらの低価格品は、中国やベトナムなどの工賃の安い国に丸投げしてつくっています。いずれにしても、驚くほどのマージンを掛けて消費者に提供されます。

では、その卸問屋は、すこぶる儲かっているか。というと、そんなことはありません。やはり、その多くが青息吐息なのです。なぜかといいますと、売りにくい高額品を売るために、ギャランティの高いタレントを使い、立派な会場で催事をし、その販売員には、販売額に応じた報奨金を与えているからです。つまり、売れない商品をあの手この手で無理矢理売っているのですから、高額品であっても利益が出せるはずはありません。

ここで私が言いたいのは、モノづくりの本質を完全に見失っていること。これがきもの業界の衰退の一番の元凶だということです。

額に汗して日々、努力しながらつくっている織りや染め、縫いなどのきものに携わる職人さんに十分な報酬が得られ、その上で、品質に見合った適正な価格で販売する。その基本的な仕組みにあらためること。それが、まず必要だと思います。

その上で、冠婚葬祭でしか着る機会のない高級なきものではなく、普段から着られるようなソーシャル性のあるカジュアルなきものを企画・デザインすることが大事なんだと思います。

そして、それを実現するには、卸問屋が主体になるのではなく、織りや染め、縫いなどの職人的生産者が、企画・デザイナーと一体となって主導したきものをつくり、販売ルートを構築することが必須です。もちろん、ネットを使った販売サイトも、その1つでしょう。しかし、まずは人が生活の中で着るものとしての本質をカタチにしたきものを作りだすことだと思います。

きものは本来、洋服以上に気楽に着こなせ、活動しやすい服なのです。それがきものの原点だと思います。弥生時代後期から古墳時代にかけて出土する埴輪をみるとズボンのような服装をまとっています。それが、奈良、平安時代と進むうちにズボン形式の服が消滅していき、きもの形式になってきたことが歴史的にわかります。裕福な豪族や貴族だけがきものを着ていたのではなく、一般の農民もきものだったようです。このようにズボン形式から羽織るだけのきものに変わったのは、中国からの伝来ということもあるでしょうが、やはり定着したことの主な要因は、着熟しやすさと機能性にあるように思います。本来、きものは気やすく着られる服だったのです。着付師に着せていただかないと着られない今のきものは、本来のあるべき姿ではないように思います。

今のままでは、きものをつくる後継職人もいなくなります。そしてもきもの業界そのものが消滅しかねません。きもの業界の方々が守るべきは、きものの本質としての機能するきものであり、それを支え創り出す技術をもった職人です。そして、変えるべきは、旧態依然とした流通経路と利益構造だと思います。

 

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